対面、電話占いが苦手な方は当たるメール占いで今抱えてるお悩みを鑑定しませんか?

最終更新日:2020年09月20日

当たるも八卦当たらぬも八卦

占いには昔から縁がありました。父が易を独学で学んでいたせいもあって、譲り受けた筮竹と算木を形見として持っています。易学の本も貰ったのですが、あまりに難しく完読は未だに出来ていません。そんな家庭環境で育った私にとって、占いはごく身近なものと感じていました。

出会いとは不思議なもので、知り合った頃の夫も又星占いに熱心な若者でした。誕生時のホロスコープを作り惑星の座相を見るといった本格的な星占いでした。彼に習って自分でもホロスコープを作れるようになると、その奥深い占星術にすっかり魅せられました。その頃の教科書はルル・ラブア著の「占星学の見方」という本でした。今となってはもうボロボロに古本と化していますが、ページをめくると所々に印が付けてあり、如何に熱心だったかを物語っています。
星占いはその占う側の解釈の仕方や表現の仕方で、微妙に意味合いが変わってきますが、それはどんな占いにも言える事だと思います。只、占う側のその時の精神状態が強く影響してくる易等とは違って、入門は然程難しく無いような気もします。私のようにのめり込み体質ならば尚良しかも知れません。
父はよく身内の事を占うと外れると言っていました。思いが強くなり過ぎて占者の願望が入ってしまうからだそうです。確かに失せ物等はピタリと当てていましたが、深刻な事柄は占わなかったように思います。しかし、他人を占った場合にはかなりの確率で当てていました。評判を聞きつけた消防署の知人に頼まれ、行方不明者を捜して欲しいと頼まれた事もありました。その方は結局は不幸な状態で発見されましたが、占った際には木と木の間に横たわっている形の卦が出て、父も言葉を選んで説明していた事を今でも覚えています。又、私の職場で度々盗難事件が起き警察沙汰にもなったのですが、父の占いでは、瞳は涼しげで白目の部分が青っぽく、色白・中肉中背とかなり具体的な人物像が出て来ました。それにひどく一致した人物が実在していたのでゾッとしたものです。勿論これは私の思い込みであって真偽の程は分からずじまいでしたが、恐るべし易学といった感じでした。
そう考えると星占いの方がもう少しライトな感じで楽しめそうですが、星占いもとんでもなく当たるから不思議です。星は間違いなくその人の容貌から性格、そして人生迄をも言い当てます。もっとも個人のホロスコープを作成し、生まれた時刻により上昇宮を割り出して初めてそれは可能になります。なかなか生まれた日付だけでは、週刊誌にあるような大雑把な占いにしかなりません。

私にとって占いは信じる信じないという次元のものではありません。かと言って全て占いに左右された生活を送っている訳でも無いのです。只々出生時の惑星の配置が、そして今現在の惑星の配置が何故こうもチッポケな我々に影響するのか、そしてそれに気付き学問として確立させてきた人々を考えると不思議でならないのです。
星占いに限らず、易学にしても西洋・東洋を問わず、大層に言えば古代よりの人類の叡智を感じてしまうのです。等と知ったふうな事を言いながら、今朝も情報番組の占いは何位だったかを確認し合っている私達夫婦です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です